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量子アニーリングとは?仕組みや量子コンピュータとの違いを解説

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量子アニーリングの解説

量子アニーリングは、従来のコンピュータでは解くのに膨大な時間がかかる場合のある組合せ最適化問題を効率的に解決する可能性を持つ革新的技術です。

本記事では、量子物理学の原理を応用したこの技術の仕組みから実際の活用事例まで、わかりやすく解説します。

情報処理技術に関心のあるビジネスパーソンや研究者の方々はもちろん、次世代テクノロジーに興味をお持ちの方にとって、量子アニーリングの可能性と実用化への道筋が見えてくるでしょう。

量子アニーリングとは|組合せ最適化問題を高速化する技術

量子アニーリングは「量子力学のふるまい」を計算に利用して、組合せ最適化問題を解決する手法です。組合せ最適化問題とは、膨大な選択肢の中から“最も良い組み合わせ”を見つけ出す問題を言います。

組み合わせ最適化問題の身近な例としては以下のようなものがあります。

組合せ最適化問題の代表例
  • 巡回セールスマン問題
    :セールスマンが複数の営業先を訪問して自社に戻る際に、どのルートで回れば移動時間や交通費などのコストを最小化できるかという問題。物流配送や旅行プランなどにも応用できる。
  • ナップサック問題
    :ナップサックの中に荷物を詰める際、詰めた荷物の価値を最大化する組み合わせを探す問題。株式のポートフォリオやタスク管理(時間配分)などにも応用できる。

これらは日常生活やビジネスでよく遭遇する課題ですが、選択肢が増えるほど計算量が指数関数や階乗などのオーダーで爆発的に増加し、従来のコンピュータでは現実的な時間内に解くことが困難になります。
この現象を「組合せ爆発」と言います。

現代社会ではIoTの普及により、膨大なセンサーデータをリアルタイムで処理する必要性が高まっており、サプライチェーン最適化や交通ルート計画などの問題が増加する中、従来の計算手法では限界に直面しています。

量子アニーリングは量子力学の原理を活用し、従来型コンピュータが苦手とする「組合せ爆発」に対処できる可能性を秘めています。特に、多数の変数が相互に影響し合う複雑な最適化問題において、その真価を発揮すると期待されているのです。

量子アニーリングの仕組み|物理学の「量子揺らぎ」を応用した原理

量子揺らぎのイメージ図

量子アニーリングは、物理学の「エネルギー」という概念を情報処理に巧みに応用した技術です。組合せ最適化問題を解く際、私たちは通常「この選択肢はどれくらい良いか」を考えますが、量子アニーリングではこれを「コスト関数」として数値化し、物理学のエネルギーに置き換えます。
この発想の転換により、「エネルギーが最も低い状態」を探すことが「最適な解」を見つけることと同じになるのです。

では、どうやってその最小エネルギー状態を効率的に見つけるのでしょうか。ここで登場するのが「量子揺らぎ」という量子力学特有の現象です。

従来のコンピュータで組み合わせ最適化問題を解決するには「シミュレーテッドアニーリング」というアルゴリズムが使われていました。これは金属を高温で十分に加熱し、ゆっくり冷却(アニーリング)すると結晶が安定する。この物理現象をソフトウェアで模倣して計算に応用するものです。

それに対して、量子アニーリングは量子の世界での量子の揺らぎを活用します。
ミクロな量子はスピンと呼ばれる物理量を持ちます。スピンはミクロな世界にしかない概念なのでイメージしづらいですが、独楽(コマ)がクルクルと回転(スピン)するイメージです。しかし、独楽の物理的な回転とは異なり、量子のスピンは上向きの回転と下向きの回転が同時に重なり合っているという不思議な性質を持ちます。

量子の揺らぎの図解

スピン方向の重なり合い(スピン配置)は一定ではなく、常に揺らいでおり、これを量子ゆらぎと呼びます。量子アニーリングでは、まず量子ゆらぎが大きい状態にしておき、徐々にゆらぎを小さくしていくことで最もエネルギーの低いスピン配置を見つけ出します。

従来のコンピュータではトランジスタのオン(1)とオフ(0)の切り替えにより計算をしていたため、計算量の爆発的な増加に対応しにくい部分がありました。しかし、量子アニーリングではスピン配置をオン(1)とオフ(0)の重なりあわせとみなすことにより膨大な時間がかかる計算の高速化が期待できる可能性があります。

この物理モデルを「イジングモデル」と呼びます。量子アニーリングマシンは、この過程を物理的に実現する特殊なハードウェアとして開発されているのです。

量子コンピュータ(量子ゲート方式)との違い

量子コンピューティングの世界には「量子アニーリング方式」と「量子ゲート方式」という2つの主要な計算方式が存在します。本記事で詳しく解説している量子アニーリングは、前者の「アニーリング方式」に該当します。

両者の決定的な違いは、その目的と応用範囲にあります。
量子アニーリングは特定の最適化問題を解くことに特化しており、組み合わせ最適化問題を効率的に処理できます。
一方、量子ゲート方式は多くの計算問題に対して汎用的な計算が可能です。

また、実装の観点では、量子アニーリングマシンは比較的早期に商用提供が始まっており、D-Wave社の製品やサービスが代表例として市場に出ています。対照的に、量子ゲート方式は技術的難易度が高く、一般論としては大規模な実用システムの実現にはまだ時間がかかると考えられています。

注意すべき点として、量子アニーリングには限界もあります。最適解が存在する問題であっても、必ずしもその解に到達するとは限らず、局所解に陥る可能性があります。これは古典的なアニーリング手法と同様の課題です。しかし、特定の最適化問題においては、従来のコンピュータよりも圧倒的な速度で近似解を得られる可能性を秘めており、実用面での価値は非常に高いといえるでしょう。

方式特徴
アニーリング方式組合せ最適化問題の解決に特化しており、汎用性はない。
ゲート方式より汎用性が高く、様々な種類の計算問題に対応できる。

量子アニーリングの応用例|機械学習や交通ルート最適化への活用

量子アニーリングの商用化においては、カナダのD-Wave Systems社が先駆者として知られています。同社の量子アニーリングマシンは、GoogleやNASA、Volkswagenなどの大手企業や研究機関によって研究利用や実証実験が進められています。

特にVolkswagenは交通ルートの最適化に応用し、渋滞緩和のための実証実験を行いました。これにより、従来のコンピュータでは計算に時間がかかっていた複雑な交通最適化問題を効率的に解決できる可能性が示されています。日本国内でも、リクルートが広告配信の最適化に、デンソーや豊田通商が製造ラインや物流の効率化に向けた実証実験を進めています。

また、東北大学は早期に導入した大学の一つでD-Waveシステムを材料科学や創薬分野での応用研究を開始しました。量子アニーリングは機械学習の一部の応用可能性が研究されていますが、特に組合せ最適化問題に適しています。

金融分野ではポートフォリオ最適化や市場予測に、製造業では生産スケジューリングや部品配置の最適化に利用されつつあります。今後は創薬や新素材開発、気象予測など、より幅広い分野での活用が期待されており、現実の複雑な問題を解決するための強力なツールとして発展していくでしょう。

量子アニーリングマシンの使い方と問題の定式化

量子アニーリングマシンを実際に活用するには、まず問題を機械が理解できる形式に変換する「定式化」が必要です。具体的な利用手順は、

  1. 問題の定式化
  2. インプットファイルの作成
  3. ソルバへの入力
  4. 計算結果の解析

という流れになります。

最初のステップである問題の定式化とは、現実世界の問題を「イジングモデル」または「QUBO(Quadratic Unconstrained Binary Optimization)形式」と呼ばれる2次の数式に変換することです。これは量子ビットの相互作用を表現できる形式であり、アニーリングマシンが標準的に処理する形式といえます。例えば、巡回セールスマン問題では、各地点間の距離や時間をQUBO形式の行列に変換します。

ただし、3次以上の複雑な関係を含む問題(高次問題)は、そのままでは「イジングモデル」や「QUBO」には収まりません。たとえば巡回セールスマン問題でも、特定の3つの訪問先を連続して回らなければペナルティとしてコストがかかるといった条件が追加されると変数が増えるため、2次式では表現できなくなります。そこで擬似的な補助変数を追加し、高次の式を2次式に変換するテクニックが用いられます。

この変換プロセスは専門知識を要しますが、近年ではユーザーフレンドリーなソフトウェアツールも登場し、プログラミング言語Pythonなどを使って比較的容易に計算できるようになっています。

まとめ

量子アニーリングは、組合せ最適化問題を効率的に解を探索する手法です。量子揺らぎを活用して膨大な解候補から最適解を探索する仕組みは、従来のコンピュータでは困難だった複雑な問題に新たな可能性をもたらしています。量子ゲート方式とは異なり、エネルギー状態を利用したアプローチをとることで、機械学習、交通最適化、金融工学など幅広い分野で実用化が進んでいます。問題を適切に定式化することで、ビジネスや社会の課題解決に寄与する可能性を秘めており、今後の技術発展と応用拡大が期待されています。